America's National Parks ~アメリカの国立公園を訪ねて~:Minnesota
ミネソタ州のLake Itasca(イタスカ湖)に始まり、2,340 マイル(3,766 km)を南に下り、メキシコ湾に注ぎ込むミシシッピー川。ミシシッピー川には250の支流が注ぎ込み、その流域は、東はアパラチア山脈、西はロッキー山脈に伸び、31の州に及ぶ。ミシシッピーは、水源近くに住むOjibwe(オジベ族)の言葉で巨大な、あるいは偉大な川を意味すると言われている。Father of Waters(全ての水の父)の愛称どおりの巨大な河川システムとなっている。このうち、水源に近い上流区域のうち、地域の公園が連続する、ミネソタ州の大都市ミネアポリスとセント・ポールを中心とする南北72マイル(115km)がMississipi National River and Recreation Area(ミシシッピー国立河川・レクリエーション地域)に指定されている。このうち国立公園局が管理する部分はわずかで、大半はミネソタ州や地元自治体が管理するエリアと私有地で占められており、国立公園局はミネソタ州や地元自治体と共同でこの公園の運営に当たっている。ミシシッピー国立河川・レクリエーション地域は、ミネソタ州のRamsey(ラムゼイ)の町辺りから始まり、その沿岸に次々と地元自治体により公園が設定され、付近の住民に緑の場が提供されている。Coon Raipds Dam(クーン急流ダム)の周りにはトレールが設定され、ハイキングや自転車を楽しむことができる。クーン急流ダムはもともと1913年に発電用に建設されたが、その後改修され、現在では水位調整に使用されている。その南のAnoca County Riverfront Regional Park(アノカ郡リバーフロント地区公園)や対岸のNorth Mississippi Regional Park(北ミシシッピー地区公園)などは散歩やサイクリングによい場所となっている。
クーン急流ダムミネアポリス市街では、St. Anthony Falls(セント・アンソニー滝)周辺が見所となっている。セント・アンソニー滝は、1680年にナイアガラの滝をヨーロッパ人で最初に目撃したことで知られるLouis Hennepin(ルイス・ヘネピン)神父によって名付けられた滝で、従来ミシシッピー川航海の北限とされた場所である。1847年にFranklin Steele(フランクリン・スティール)がこの急流の力を利用して製材所を始めたのが最初で、彼の成功に刺激され、次々と製材所や製粉所が立ち並んだ。ミネアポリスの町の始まりである。ミネアポリスは、19世紀終わりから1930年ごろにかけて、アメリカの小麦製粉の首都として栄え、現在ではMill City(製粉所の町)として昔の町並みが残されている。
セント・アンソニー滝は1869年に崩落事故が起きたため、現在ではコンクリートで固められた急流に生まれ変わっている。
セント・アンソニー滝近くにかかる1883年にGreat Northern Railway(グレート・ノーザン鉄道)のために建設されたStone Arch Bridge(ストーン・アーチ橋)も観光名所の一つとなっている。
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ストーン・アーチ橋その南Minnehaha Regional Park(ミネハハ地区公園)のミネハハ滝は、ロングフェローの詩「ハイアワサの詩」に登場する原住民の女性に由来し、人気の場所となっている。
ミネハハ滝ミシシッピー川が丁度大きく湾曲する場所には、英米戦争後にカナダからの侵略への備えとして建設されたFort Snelling(スネリング砦)や最初のミネソタ州知事となるHenry Hastings Sibley(ヘンリー・ヘイスティング・シブリー)が1836年に建てたミネソタ最初の石造りの家であるSibley House(シブリーの家)などを見ることができる。スネリング砦は第2次世界大戦中に日本語の特殊教育が行われた場所でもある。スネリング砦の周囲は、Fort Snelling State Park(スネリング砦州立公園)としてハイキングや自転車などを楽しむ場所となっている。
スネリング砦セント・ポールの近くには、散歩に適したHidden Falls - Crosby Farm Regional Park(ヒドゥン・フォールズ=クロスビー農場地区公園)、ホープウェル文化の原住民が築いた6つの塚が集まるIndian Mounds Park(インディアン・マウンズ公園)などがある。さらにその先にはバードウォッチングで人気のBattle Creek Regional Park(バトル川地区公園)やかつては湖に面していたSpring Lake Park Reserve(スプリング湖公園保護区)などの緑の場所もある。
これらの公園や見所の脇には、常にミシシッピー川が悠々と流れている。
ミシシッピー川(国立公園局のHP)
(国立公園局の地図)(PDF)
戦いの前、交易の際、捕虜の交換の際、和平の交渉の際、宗教儀式の際、タバコで一服は、プレーリーの原住民にとって大切な儀式であった。タバコを吸う際に使用するパイプには、様々なデザインが施され、死亡した際には一緒に埋葬される宝物であった。このパイプを作成するのに使用する石切り場がミネソタ州の南西の隅にあり、Pipestone National Monument(パイプストーン国定公園)として国立公園局によって保存されている。
石で作ったパイプは、原住民の間で2000年前から使用されていたが、このミネソタ州の石切り場は、17世紀ごろからプレーリーに住む原住民によって採掘が始められた場所である。この場所は、やがて1700年ごろまでにはヤンクトン・スー族が支配するようになり、他の部族との交易の際、貴重な交換物件となった。パイプストーンの取れる採石場は原住民にとって神聖な場所であり、1858年の居留区への移住交渉で、ヤンクトン・スー族にとって、パイプストーンの採石場が居留区に含まれることが絶対の条件であった。
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採石は、地層から水が染み出ない夏の終わりから秋にかけて行われた。パイプストーンの上には珪岩の地層が覆いかぶさっており、比較的柔らかいパイプストーンを痛めないよう慎重にハンマーで珪岩を割り、その下にある3cmから10cmの薄いパイプストーンの層を取り出す。ここはかつて浅い海辺で、粘土層の上に砂が堆積し、長い年月をかけて、砂が珪岩に、粘土層がパイプストーンに変化したものである。取り出したパイプストーンは、鋭く硬い石を用いてパイプの形に切り出し、角を丸め、スムーズな表面となるよう硬い石で磨きをかける。火打ち石が先についたハンドドリルで穴を開け、表面に彫刻を施し、最後は砂で磨きをかけて完成させる。取っ手は硬材で製作され、色が 塗られたり、彫刻が施されたり、動物の毛やビーズで飾られたりした。
パイプストーンビジターセンターの裏にあるCircle Trail(サークル・トレール)をたどると、パイプストーンの採石場を訪れることができる。トレールの最初と最後にパイプストーンの採石場があり、これらの採石場では現在でもパイプストーンの採掘が行われている。
採石場トレールの中ほどでは、珪岩が立ち並ぶ岩の森の間を縫って歩くことになる。
ここには人の顔の形をしたOld Stone Face(オールド・ストーン・フェイス)やスー族の若者が飛び移って(女性に)勇気を示したLeaping Rock(リーピング・ロック)がある。
リーピング・ロック同じく人の顔の形をしたOracle(オラクル)は神聖な場所として崇められた場所である。採石期間中は、供え物が置かれた。
オラクルWinnewissa Falls(ウィネウィッサ滝)には、神が周辺部族を集めて和平を誓わせた場所という神話が残っている。
ウィネウィッサ滝ビジターセンターには、ここで採掘されたパイプストーンを加工して製作された見事なパイプが販売されている。愛煙家の方はお土産にいかが。
(国立公園局のHP)
ミネソタ州は、 "Land of 10,000 Lakes"(1万の湖のある土地)と言われ、針葉樹の森と無数にある湖沼で覆われている。明け方に車を走らせると、湖沼から水蒸気が立ち上がり、幻想的な風景を創り出している。氷河期の置き土産の1万の湖をところどころ見ながら車を北に走らせると、行き着くのが、ここVoyageurs National Park(ヴォイジャー国立公園)である。
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ヴォイジャー国立公園は、30以上の湖が連なった国立公園で、18世紀に毛皮取引が盛んであった頃、ヴォイジャーたちの重要なカヌールートとなっていた場所である。ここには豊かな自然が残り、ヴォイジャーたちがカヌーを走らせていた頃の風景がそのまま残っている。
この辺りの風景は氷河期の影響を受けているため、ヴォイジャーの岩は、上層部にあっただろう堆積岩などは削り取られ、20億年前に海底で形成された古い地層がむき出しになったものである。
針葉樹の森を背景に、みさご、鷹、青サギなどの鳥が空を舞う。ここはアメリカの国鳥ボールド・イーグルが観察できる場所である。 私達も空を舞うボールド・イーグルを見ることができたが、どうせなら望遠レンズを用意してカメラに収めよう。私達は小さいカメラしかもっていなかったので、残念な思いをした。この他にもカワセミ、カモ、ウ、ルーンなどの水鳥も豊富で、バードウォッチャには貴重な場所となっている。動物ではムース、鹿、ブラックベアー、ビーバーなどのほか、48州では珍しい狼が生息している。狼は、通常2-12匹の群れで行動し、ムースや鹿などの大型動物を攻撃することもあるが、ここでは主にビーバーをえさにしているようだ。狼は行動範囲が広く、時速50km前後で走り、一晩で60kmをカバーすることもある。慎重で用心深い性格のため、なかなかお目にかかることはできない。
ヴォイジャーの楽しみ方は、船に乗るに限る。いく� �かのレンジャーが引率するツアーが出ているので、それに参加して見よう。ビーバーのダムがいくつか見られるかもしれない。ヴォイジャー国立公園からは、カナダの国境はすぐそばである。ここがカナダの国境だというサインがあるところまで連れて行ってもらったが、周りの自然を見ると、人為的な線を引いているに過ぎない感じがする。Kettle Falls(ケトル・フォールズ)というところでは、アメリカにいながらにしてカナダを南に見ることができ、おもしろい。しかし、本当に楽しむのであれば、カヌーやカヤックにのって、昔のヴォイジャーさながらに、湖を縦横無尽に走り抜けるのであろう。
カナダを南に(国立公園局のHP)
(国立公園局の地図)(PDF)
ヴォイジャー国立公園のきれいな写真は、ここで見ることができます。
1977年に打ち上げられたヴォイジャー1号、2号は、木星、土星、天王星、海王星を訪れ、数々の画期的な発見をし、太陽系外に向けて、未知なる知的生命体に向けたメッセージを乗せて飛行を続けている。このより以前にヴォイジャーと呼ばれた人たちがいた。フランス人毛皮商たちだ。彼らは、白樺の樹皮で作ったカヌーに乗り、カナダ中西部の奥に入り込み、毛皮、とりわけビーバーの毛皮を買い付けて周った。彼らに厳しいカナダの気候条件の中、サバイバル技術を教えたのは、Cree(クリー)族、Ojibwa(オジバ)族らの原住民だ。原住民とフランス人毛皮商とは、商売が取持つ縁で、お互いに友好な関係を保った。フランス人毛皮商は、彼らの生活様式やサバイバル技術を身につけ、原住民から様々な物資と交換に毛皮を買い付けた� ��中には、原住民を妻にもらい、一族に深く溶け込むヴォイジャーもいた。
1年に一度、初夏にこのヴォイジャーたちとモントリオールからの仲買人が集まる場所があった。それが今回ご紹介するGrand Portage National Monument(グランド・ポーテッジ国立遺跡)である。ここには、ミネソタ州東岸のスペリオール湖に面した場所で、1784年から1803年までイギリス系毛皮会社Northwest Company(北西会社)の取引所が置かれた場所で、一大毛皮取引所として繁栄した。現在のミネソタ州とカナダ・オンタリオ州の境を形成するPigeon Riverがスペリオール湖に注ぎ込む河口付近は、流れが急になっており、いくつもの滝が点在することから、ヴォイジャーたちは、8マイル(13km)あまりをカヌー、貨物ともども陸送を余儀なくされた。この陸送はポーテッジと呼ばれ、長距離のポーテッジが必要であったことから、グランド・ポーテッジと呼ばれるようになった。ヴォイジャーたちのカヌーは、長さ25フィート(7.5m)で4-6名のヴォイジャーを載せた。モントリオールからの仲買人のカヌーは、これより10フィート(3m)ほど長く、車2台分の8,000ポンド(3,600kg)の貨物を載せることができたという。
北西会社は、ハドソン・ベイ会社の毛皮取引の独占を打ち破るため、1784年にSimon McTavish(サイモン・マクタヴィッシュ)らがモントリオールに設立した毛皮取引の会社で、ハドソン・ベイ会社とともに、アメリカ北部、カナダの毛皮取引の覇権を争った。毛皮取引は大いに成功し、その中心的な取引所であるグランド・ポーテッジも大いに栄えたが、1812年の英米戦争の結果、アメリカ北部の毛皮取引からは事実上締め出され、乱獲によるビーバーの激減などから、1821年に半ば強制的にライバルであるハドソン・ベイ会社と合併し、40年近くの営業を終了することになる。
グランド・ポーテッジは、1803年に北西会社がその取引を北に位置する現在のカナダ・オンタリオのFort William(フォート・ウィリアム)に移すまで、北西会社の中心的な取引所であった。メープルシロップの採取、漁業、毛皮取引などで生計を立てる地元のオジバ族と仲良く共存し、年に一度の取引のときには、共同でフェスティバルを催した。現在では、グランド・ポーテッジは、1797年当時の姿に再現され、柵で取り囲まれた敷地内には、大ホール、台所、倉庫、見張り塔、毛皮プレスなどが再建されている。
スペリオール湖から見た取引所(国立公園局のHP)
(国立公園局の地図)PDFです。
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