Pan;ウィザードブックシリーズ第87/88弾 新・賢明なる投資家 目次
■第1章 注解
人間のあらゆる不幸の原因は、ただひとつ、部屋でじっとしている術を知らないことである。――ブレーズ・パスカル
取引終了のベルが鳴るたびに――その日の相場がどんなに悪くても――ニューヨーク証券取引所のフロアブローカーたちはどうしていつも歓声を上げるのか、考えてみたことがあるだろうか? それはあなたが取引をすると――あなたが儲けようが損をしようが関係なく――、「彼ら」は必ず儲かるからである。投資ではなく投機をすることで、あなたは自分の財産を築く確率を下げ、他人の確率を上げているのである。「投資活動とは、詳細な分析に基づいて、元本の安全性と適切なリターンを約束するもの」。これではグレアムの投資の定義ははっきりしない(原注1 グレアムは投資の定義で使用しているキーワードのひとつひとつを具体的に記している――「詳細な分析」とは、「十分に確立された安全性と価値の基準に照らした事実の調査」を意味し、「元本の安全性」とは、「通常の、あるいは妥当なあらゆる条件もしくは変動の下で損失を防ぐこと」を意味し、「適切な」(または「満足すべき」)リターンとは、「投資家がそれなりの知性をもって行動している場合に、たとえ低くても、その投資家が進んで受け入れる収益率あるいは収益額」をいう[『証券分析【一九三四年版】』(パンローリング)、八八〜九一ページ])。グレアム� ��よると、投資とは次の三項目に同じように注意を払って行わなければならない。
- 株式を購入する前に、企業とその根幹をなす事業の健全性を詳細に分析すること。
- 多額の損失から慎重に身を守ること。
- 並外れたパフォーマンスではなく、「適切な」パフォーマンスを望むこと。
カジノでの賭博や競馬のように、株への投機もワクワクするものだし、やり甲斐があるともいえるだろう(もし運が良ければの話だが)。しかし、財産を築く方法としては、それは想像し得る最悪の方法なのだ。ラスベガスや競馬場と同じで、ウォール街も自ら投機ゲームを仕掛けているわけだから、証券会社に勝ってやろうともくろんでいるどんな投機家にも最後には必ず勝てるよう、勝率をうまく調整しているからである。 逆に「投資」というのは、たぐいまれなるカジノ――自分が勝つよう真正面から賭けるというルールにのっとってゲームをしている限り、最後には絶対に負けるはずのないところ――である。「投資」をする人は自力で儲けている――「投機」をする人は証券会社を儲けさせている。換言すれば、それが長年にわたってウォール街が投資の永続的な価値をないがしろにし、投機の俗悪な力をあおるようになった理由なのである。
スピードの出しすぎは危険
グレアムも警告しているが、投機と投資を混同するのは絶対に間違いである。その混同が大暴落につながったのが一九九〇年代である。ほとんどの人が一気に我慢の限界を越えてしまい、米国はまるで八月の干草畑を飛び回るバッタのように、次々と新たな銘柄に乗り換えるトレーダーであふれる投機国家になってしまった感がある。 人々は、投資手法を単に「機能した」かどうかで評価するようになった。もしある期間に市場平均を上回ろうものなら、いかに危険な戦術だろうと間が抜けた戦術だろうと、自分たちは「正しかった」のだと豪語した。しかし、賢明な投資家は、一時的に正しいかどうかには全く関心を示さない。長期的な投資目標を達成するには、持続可能で、かつ信頼できる手法を用いた結果、正しくなければならないのだ。一九九〇年代に大流行した手法――分散投資をおろそかにし、人気のあるミューチュアルファンドをさっさと売り払い、株式選択「システム」に追随するデイトレード――は、正しく機能しているかにみえた。だが、長期的には勝ち目は全くなかった。グレアムの三つの投資基準をどれひとつ満たしていなかったからだ。
一時的に高いリターンがなぜ何にもならないのかを理解するには、ある地点からある地点までが一〇〇キロメートル離れていると仮定してみよう。時速五〇キロで車を運転すれば二時間で走れるが、時速一〇〇キロで走れば一時間で着く。もし時速一〇〇キロで走り抜くことができたら、自分は「正しかった」と言えるのか? わたしが「正しく機能していた」と鼻高々に話しているのを聞いたら、自分もやってみようという気になるのだろうか? 市場平均を上回るために人目を引く戦術というのは決まって同じである――つまり、短距離走行では、あなたの運が持ちこたえている限り戦術はうまくいく。しかし、長距離となると、あなたはその戦術に疲れ切ってしまうのである。
便益分析とは何か
一九七三年、グレアムが『賢明なる投資家』の最後の改訂版を上梓したとき、ニューヨーク証券取引所の売買回転率は年二〇%であった。つまり、典型的な株主は持ち株を五年間保有してから売っているということだ。二〇〇二年には売買回転率が一〇五%になった――株主の保有期間はわずか一一・四カ月間である。一九七三年には平均的なミューチュアルファンドは一銘柄を約三年間保有していたが、二〇〇二年になると、保有期間がわずか一〇・九カ月にまで短縮している。これではミューチュアルファンドの運用担当者がじっくり銘柄を研究した結果、そもそも買うべきではなかったと悟って投げ売りし、ゼロから出直そうとしたかのようだ。
最も評価の高い運用会社でさえ不安に駆られていた。一九九五年の初め、フィデリティ・マゼラン・ファンド(当時は世界最大のミューチュアルファンド)のマネジャーだったジェフリー・ビニクは、総資産の四二・五%をテクノロジー株で運用していた。ビニクは、投資家の大半が「何年も先にあるゴールを目指してファンドに投資しています。(……)投資家の目標はわたしと同じで、わたしのように長期的なアプローチがベストだと信じているんですよ」と述べている。ところが、こんな崇高な思いを語ったわずか六カ月後、ビニクはテクノロジー株の大半を売り払い、狂乱の八週間の間におよそ一九〇億ドル相当を処分してしまったのだ。「長期的アプローチ」とはその程度のものなのか! また一九九九年、フィデリティのデ� ��スカウントブローカレッジ部門では、パーム社製のハンドヘルドコンピューターを使って、好きな時間に、好きな場所でトレードするよう、顧客を駆り立てていた――これは「一瞬一瞬に価値がある」という同社のスローガンに見事にマッチしていた。
ナスダックでも、図表1−1に示すとおり、株式の売買回転率は非常に高い(原注4 出所は、スティーブ・ガルブレイス、サンフォード・C・バーンスタイン社調査報告書、二〇〇〇年一月一〇日。この図にある株式は一九九九年には平均一一九六・四%のリターンを上げていたが、二〇〇〇年には平均で七九・一%、二〇〇一年には三五・五%、二〇〇二年には四四・五%下落した――一九九九年の値上がり益の分をすべて失ったことになり、この後もずるずると下落を続けている)。 プーマテクノロジー株を引例してみると、一九九九年の一時期は平均五・七日で保有者が変わっている。「今後百年間を見据えた株式市場」というナスダックの仰々しいモットーにもかかわらず、顧客の多くはわずか百時間で株を手放していたのである。
投資ビデオゲーム
ウォール街は、オンライントレードに簡単な金儲けの手段のような印象を持たせた――由緒あるモルガン・スタンレーのオンライン部門であるディスカバー・ブローカレッジが、薄汚れたレッカー車の運転手が羽振りの良さそうな会社の経営者を引き揚げているテレビコマーシャルを流したのだ。ダッシュボードに熱帯のビーチの写真が貼ってあるのを見つけたその経営者は、こう尋ねる。
「休暇かい?」
「もちろんです。ここはわが家ですよ」と運転手。
びっくりした経営者はこう言う。
「まるで島だね」
すると運転手は勝ち誇った様子だが、穏やかにこう答える。
「正確には、ひとつの国ですよ」
宣伝はさらに続く。オンライントレードには何の作業も要らないし、何も考えなくていい。オンライン証券のアメリトレードのテレビコマーシャルには、ジョギングから戻ってきたばかりの二人の主婦が登場する。ひとりはコンピューターを立ち上げてからマウスを数回クリックし、小躍りして喜んでいる。
「ちょうど一七〇〇ドルぐらい儲かったかしら!」
ウォーターハウス証券のテレビコマーシャルでは、NBA(米プロバスケットボール協会)のフィル・ジャクソン元レイカーズ監督がこう聞かれている。
「トレードのことは何か聞いていますか?」
ジャクソン監督の答えはこうだ。
「すぐに何とかするさ」(もしジャクソン監督がこの哲学をコートに持ち込んでいたら、チームは何試合勝っていただ ろう? どういう訳か、他のチームのことを全く知らない監督だったが、彼はこう言った。「すぐに他のチームと試合をしてみるさ」。だが、これがチャンピオンになるための公式だとは思えない)
一九九九年には、少なくとも六〇〇万人がオンラインで株取引をしていた――そしてその約一〇分の一が「デイトレーダー」であり、インターネットを使って電光石火の早業で株式を売買していた。ショービジネス界の歌姫バーブラ・ストライサンドや、ニューヨーク州クイーンズの元ウエーターで二五歳のニコラス・バーバスをはじめ、だれもが燃え盛っている石炭のように株に夢中になっていた。
「以前は長期投資だったんだけど、賢いやり方じゃないってことに気づいたんだ」とバーバスは嘲笑するように言っていた。現在、バーバスは一日に一〇回までトレードをし、年間で一〇万ドルを稼ぎたいと思っている。
「損益の欄が赤くなるのは見たくないわ。まるで雄牛のタウルスみたいに、赤い色を見るとすぐに反応しちゃうのよ。もし赤くなったら、株はすぐに売るわ」
ストライザンドは『フォーブス』誌とのインタビューに身震いしながらそう答えていた(原注5 ストライサンドはただ眺めているのではなく、グレアムの言葉に耳を傾けるべきだった。賢明な投資家は、単に株価が下がっているからといって、決して見切り売りしたりはせず、常にその企業の根幹をなす事業の価値が変わったかどうかをまず尋ねるものだ)。
"私たち財務省220税金還付"とは何です
金融関係のウエブサイトやテレビ番組は、株式関連の情報をバーや理髪店、料理屋、カフェ、タクシー、ドライブインに絶え間なく流すことで、株式市場をノンストップの国民的ビデオゲームに変えてしまった。一般大衆はかつてないほどマーケットに詳しくなったと感じている。だが残念ながら、情報はあふれんばかりになったが、知識はどこを探しても見当たらない。発行企業から完全に切り離され、株式が独り歩きをするようになってしまったのだ――単なる抽象概念、テレビやコンピューターの画面を横に走る信号映像になってしまった。その信号映像が上方に動こうが、どうでもいいことであった。
一九九九年一二月二〇日、ジュノ・オンライン・サービシズ社は先駆的な事業プランを発表した――意図的に、できる限り赤字にしようというものであった。ジュノは、今後は同社のサービスを無料で提供し――電子メールも無料、インターネット接続も無料――、翌年にはさらに数億ドルを宣伝広告に費やす予定だと発表したのである。この企業が自殺行為を宣言した途端、一六・三七五ドルだった株価が、わずか二日間で六六・七五ドルにまで急騰した(原注6 そのわずか一二カ月後には一・〇九三ドルまで暴落)。
採算が取れる事業かどうか、その企業ではどんな製品やサービスを提供しているのか、どんな人が経営に携わっているのか、さらにはその会社の名称は何というのか、を調べるのをなぜ面倒くさがるのだろう? 株式について知っておかなければならないのは、CBLT、INKT、PCLN、TGLO、VRSN、WBVNなど、ティッカーシンボルの覚えやすいコードだけであった(原注7 ティッカーシンボルとは、通常は取引目的で銘柄を特定するための省略表現として企業名の一〜四文字を使用した略語のこと)。これを知っていれば、インターネットの検索エンジンで銘柄を調べているうちに出遅れてしまうと心配することなく、株式を購入することができる。一九九八年末には、普段はほとんど取引されない建物の保守管� ��を行うテムコ・サービシズという小企業の株が、わずか数分間で過去最高のおよそ三倍という出来高を記録した。なぜこんなことが起きたのか? 少々変わった金融失読症の一種に陥った多くのトレーダーが、テムコ株のティッカーシンボル(TMCO)をインターネットの寵児、チケットマスター・オンライン社のティッカーシンボル(TMCS)と間違えて、テムコ株を購入してしまったのだ。チケットマスター・オンライン社は、この日が上場後初の取引日だった(原注8 こうした偶発的な出来事はこれだけにとどまらない――一九九〇年代末には、デイトレーダーたちが新興インターネット企業のティッカーシンボルと間違えて、違う銘柄の価格を急上昇させてしまった例が少なくとも三回ある)。
アイルランドの作家オスカー・ワイルドは、「どんな物の値段も知っているのに、その価値は全く分かっていないひねくれ者がいる」と冗談を言っていた。その定義に基づいて考えてみると、株式相場というのは常にひねくれているが、一九九〇年代末の動きを見たら、ワイルドもショックを受けただろう。たったひとつのいい加減な「価格」評価が、その企業の「価値」が全く検討されないまま、株価を倍にしてしまったのだから。一九九八年末には、CIBCオッペンハイマーのアナリストだったヘンリー・ブロジェットがこう警告している。
「どのインターネット銘柄も同じで、バリュエーション(株価評価)は科学というよりは明らかにアート(芸術)に近い」
その後ブロジェットは将来の成長の可能性だけに言及し、アマゾン・ドット・コムの「株価目標」をいきなり一五〇ドルから四〇〇ドルに引き上げたのである。その日、アマゾン株は一九%急騰し――ブロジェットがそれは向こう一年間の目標だったのだと抗議したにもかかわらず――、その四〇〇ドルをわずか三週間で達成してしまった。その一年後、ペインウェバー証券のナアリスト、ウォルター・ピーシクは、クアルコム株は向こう一二カ月で一株一〇〇〇ドルを付けるだろうと予測。クアルコム株は――その年に既に一八四二%も上昇していた――、その日さらに三一%上げて、一株六五九ドルを付けた(原注9 二〇〇〇〜二〇〇一年にかけて、アマゾン株とクアルコム株は、累計でそれぞれ八五・八%、七一・三%下落した� ��。
フォーミュラからフィアスコ(大失敗)へ
しかし、あたかもお尻に火がつくようなトレードだけが投機ではない。過去十余年を通して、投機のフォーミュラが次々と奨励され、一般に普及しては見捨てられてきた。それらにはいくつかの共通した特徴――早い! 簡単! 少しも堪えない!――があり、どれもがグレアムの言う投資と投機の違いの定義のひとつに反していた。全く成果が上がらなかった、その最新のフォーミュラをいくつか挙げてみる。
- 予定どおりに換金すること
一九八〇年代に出版された論文や書籍では、「一月効果」――小型株は年末年始にかけて大きく上昇する傾向があること――が盛んに言われていた。これらの論文には、一二月後半に小型株を大量に仕込んで一月まで保有していれば、市場平均を五〜一〇%上回ると書かれていたが、これには多くの専門家が唖然とした。もしそんなことが簡単にできるのなら、だれもがその話に耳を傾け、多くの人がそれを実践し、結局はその機会を遠ざけてしまったはずだ。
リーン製造プロセスは何ですか
一月ショックの原因は何だったのだろう? まずひとつ目に、多くの投資家は、節税目的で価値のない銘柄を年末に売って損失を確定するからである。二つ目に、プロの運用会社は、アウトパフォームを維持しようとして(あるいはアンダーパフォームを最小限に食い止めようとして)、年末が近づくにつれてどんどん慎重さを増してくるからである。だから安い株を買い渋る(あるいは手放さない)のである。また、もしアンダーパフォームしている銘柄が目立たない小型株なら、運用会社は年末の保有銘柄リストにその銘柄を載せようとも思わない。これらの要因がすべて重なって、小型株が一時的に割安になるのである――一月に節税目的の売りが一巡すると、小型株は大抵反発し、上げ足を速める。
一月効果は、消えはしなかったが、薄れてはきた。ロチェスター大学のファイナンス学教授ウィリアム・シュエルトによると、もし小型株を一二月末に買って一月初めに売っていたら、一九六二〜七九年にかけては八・五%、一九八〇〜八九年にかけては四・四%、一九九〇〜二〇〇一年にかけては五・八%、市場平均を上回っているはずだ(原注10 シュエルトは『アノマリーズ・アンド・マーケット・エフィシエンシー(Anomalies and Market Efficiency)』という素晴らしい研究論文でこれらの成果を論じている。この論文は http://schwert.ssb.rochester.edu/papers.htm で閲覧できる)。
一月効果について投資家が学べば学ぶほど、トレーダーは一二月に小型株を買ってはそれらを割高にしてしまい、よってリターンを下げている。また、一月効果が最大に出るのは小型株である――しかし、売買委託手数料に関する大手専門機関のプレクサス・グループによると、こうした小型株の売り買いに掛かる総費用は、投資金額の八%にも達している(原注11 にてプレクサス・グループの解説五四『ジ・オフィシャル・アイスバーグス・オブ・トランザクション・コスツ(The Official Icebergs of Transaction Costs)』[一九九八年一月]を参照)。残念ながら、あなたが証券会社に手数料を払うと、せっかくの一月効果による利益も無と化してしまうのである。
一九九六年のこと、ジェームズ・P・オショーネシーという無名のマネーマネジャーが、『ウォール街で勝つ法則――株式投資で最高の収益を上げるために』(パンローリング)と題した書籍を出版した。オショーネシーはこの中で、「投資家は市場平均よりずっといい成績を上げられる」と力説。そして目からウロコが出るようなことを主張した。一九五四〜九四年の間に、あなたは市場平均を一〇倍以上も上回り、一万ドルを八〇七万四五〇四ドルに増やせたかもしれないのだと――リターンは年平均一八・二%。どうすればそんなことが可能だったのか? 一年間のリターンが最も高く、五年連続で利益が前年を上回っており、株価が一株当たり売上高の一・五倍未満の五〇銘柄をまとめて買え ばよかったのだそうだ(原注12 ジェームズ・P・オショーネシー著『ウォール街で勝つ法則――株式投資で最高の収益を上げるために』、一三〜一四、三〇一〜三三九ページ)。まるでウォール街のエジソンだとでも言わんばかりに、オショーネシーは自分の「機械的銘柄スクリーニング戦略」で米国の特許(特許番号五九七八七七八)を取得し、自分の研究成果をベースにした四本のミューチュアルファンドを立ち上げると、一九九九年末には一般投資家から一億七五〇〇万ドルを集めた――またオショーネシーは株主に宛てた年次書簡の中で、「いつもどおり最後まで頑張って、わたしどもが長年かけて実証した投資戦略を貫き通せば、すべてのファンドで長期的目標を達成できる」とも豪語している。
ところが、『ウォール街で勝つ法則』は、オショーネシーがこの書簡を公表した直後に通用しなくなってしまった。図表1−2に示すとおり、彼のファンドのうち二本はどうしようもないほど下落したため、二〇〇〇年初頭には運用停止に追い込まれてしまった。一方、株式市場全体(S&P五〇〇)は、ほぼ四年にわたって間断なくオショーネシーの全ファンドに圧勝した。
二〇〇〇年六月、オショーネシーはこれらのファンドを新たな運用会社に引き渡し、顧客には「長年かけて実証した投資戦略」でどうにかやりくりさせながら、自分の「長期的目標」に近づくことができた(原注13 すごい皮肉だが、オショーネシーの生き残った二つのファンド[現在はヘネシー・ファンドとして知られている]は、彼が運用を別会社に委託したことを発表した途端に上昇し始めたのだ。ファンドの保有者たちは烈火のごとく怒った。 のチャットルームでは、こんな怒りの声が上がっていた――「オショーネシーの言う『長期』というのは三年か。(……)あなたの辛さはよく分かります。わたしだってオショーネシーの法則を信じていましたから。(……)友人や親戚にもこのファンドのことを話したんですけど、今となっては、みんなわたしのアドバイスを聞いてくれなくてよかったですよ」)。ファンドの保有者たちは、オショーネシーがその著書にもっと正確なタイトル――例えば『ウォール街で勝っていた法則――わたしが本書を書くまで』――をつけても、それほど動揺しなかっただろう。
一九九〇年代の半ば、米国のモトリー・フール社は、自社が運営する人気ウエブサイト(および数冊の書籍)で、「フーリッシュ4(フールな四銘柄)」と呼ばれる投資戦略を大々的に発表した。モトリー・フールによると、投資計画に「一年のうちたった一五分費やすだけで」、あなたは「過去二五年にわたって市場平均を大きく上回ることができたはず」だし、「ミューチュアルファンドだって打ち負かす」こともできた、また何よりも、この投資戦略には「最小のリスク」しかなかった、あなたは以下の六項目をやるだけでよかった、ということだが、次にその六項目を挙げてみる。
- ダウ銘柄のうち、最も株価水準が低く配当利回りが最も高い五銘柄を選ぶ。
- 一番株価が低いものを捨てる。
- 投資資金の四〇%を二番目に株価が低い銘柄に投じる。
- 残りの資金を二〇%ずつ、残りの三銘柄に投じる。
- 一年後にまた同じやり方でダウ銘柄の中から物色し、先の一〜四の手順に従ってポートフォリオを一新する。
- 資産が大きく増えるまでこれを繰り返す。
この投資法なら、二五年間で年一〇・一%という驚異的なパフォーマンスで市場を上回ることができたはずだ、と彼らは主張していた。続く二〇年間については、「フーリッシュ4」に投資した二万ドルが一七九万一〇〇〇ドルになるはずだとも示唆(また、ダウ銘柄の中から、配当利回り×配当利回りを株価で除し、そのレシオが最も高い銘柄を五つ選び、そこから一番上の銘柄を捨てて残りの四銘柄を買い付ければ、もっと高いパフォーマンスを達成できると主張)。 では、この「戦略」がグレアムの投資の定義に合致するのかどうかを考えてみよう。
- どのような「徹底的な分析」をすれば、株価と配当が最も魅力的な一銘柄を捨てて、望ましい質という点では低い四銘柄を残すことが正しいと評価できるのか?
- 投資資金の四〇%を単一銘柄に投資することがなぜ「最小リスク」になるのか?
- わずか四銘柄のポートフォリオがなぜ「元本の安全性」を維持するのに十分な分散投資といえるのか?
要するに「フーリッシュ4」とは、過去に考案された手法の中でも最もバカげた株式選別法のひとつだったのだ。道化師(フール)たちもオショーネシーと同じ過ちを犯していたのである。つまり、過去のデータに数多く目を通していれば、思いがけなくであっても、きっと多くのパターンが見えていたはずだ。偶然に運が良かっただけだったとしても、平均以上のパフォーマンスを上げる銘柄のリターンには共通点がたくさんある。しかし、これらのファクターが株価をアウトパフォーム「させない」以上、将来のリターン予測に使うことはできないのである。
モトリー・フールがこんなに大騒ぎをして「発見した」ファクター――最高の銘柄を捨て、二番目に良い銘柄に他の銘柄の倍額を投じ、配当利回りの二乗を株価で割る――のうち、将来の株式のパフォーマンスを生み出す、あるいは説明できるものはひとつもないだろう。『マネー』誌によれば、社名に文字のダブリがない銘柄で構成されたポートフォリオなら「フーリッシュ4」とほぼ同等のパフォーマンスを上げている――また同じ理由から、運が良かっただけ――ということに気づいた(原注14 『マネー』誌一九九九年八月号、五五〜五七ページ、ジェイソン・ツバイク著『フォルス・プロフィッツ(False Profits)』を参照。「フーリッシュ4」に関する徹底的な議論は、 で閲覧できる)。グレアムが常に念を押しているように、株価が将来上がる、あるいは下がるのは、その根幹をなす事業が好調だから、あるいは不調だからである――それ以外の要素は一切ないのである。
案の定、「フーリッシュ4」は市場を打ち負かすどころか、愚かにもそれが投資の形だと信じた多くの人々を打ち負かしてしまった。二〇〇〇年だけでも、「フーリッシュ4」の四銘柄――キャタピラー、イーストマン・コダック、SBC、ゼネラルモーターズ――は、ダウ平均がわずか四・七%の下げだったのに対して、一四%も下落している。
これらの例が示すとおり、ひとつだけウォール街の弱気相場に苦しめられないものがあるとしたら、それは愚考である。こうしたいわゆる投資アプローチのいずれもが、グレアムの法則に引っ掛かっていた。高いパフォーマンスを得るための機械的な手法はすべて、「一種の自滅的プロセス――リターンを少なくする法則と同じようなもの」なのである。リターンが消えてしまった理由は二つある。もしこの手法がでたらめな統計上のまぐれに基づいたものであれば(「フーリッシュ4」のように)、時間がたてば、そもそもそんな手法が無意味であったことが浮き彫りになる。逆に、もしこの手法が過去に実際にうまく機能していたというのなら(「一月効果」のように)、それを吹聴することで、マーケットのグルたちは常に将来勝� ��可能性をむしばんでいる――普通は排除している――のである。 これらはどれも、投機とは老練の賭博師がカジノに通うようなもの、というグレアムの警告をいっそう強調している。- 投機をしているのに、決してそれを投資だと勘違いしてはならない。
- 投機は、あなたが本気になり始めた途端に非常に危険なものになる。
- 進んで賭けたいと思っている金額には厳しい制限を設けなければならない。
良い悪いは別にして、投機的な本能は、ある意味では人間の本質であり、ほとんどの人にとってはそれを抑えようとすることすら無益である。しかし、あなたはそれを抑制しなければならない。それこそが、あなたが投機と投資を混同するといった勘違いを絶対にしない唯一にして最良の方法なのである。
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